第2段階 韓国の防御

 南にとって好ましい結果は、2つの条件に依存する。第1に、韓国軍は、北朝鮮の攻勢行動の当初の5〜15日間、北朝鮮の攻撃を持ちこたえなければならない。第2に、彼らは、更に15〜20日かかり得る反攻のために米韓軍が動員されるまで、戦線を保持しなければならない。韓国は、非武装地帯沿いで防御に成功し、通常の北朝鮮軍を撃退できそうである。

 韓国は、各種固定指標、つまり、優勢な訓練、機材整備、兵站並びに偵察及び通信装置のような支援装備(準備された陣地から戦う有利さについては言うまでもない。)の有効な要素により見積もられる完全な優勢を有しているように思われる。これら効果の重要性を定量化することは難しいが、これを試みている者達は、圧倒的な結果 を見出している。

 米韓軍は、北朝鮮軍に対して著しい技術的優位を有している。大部分、韓国軍は、現行の探知及び標的獲得システムを供給された近代的かつ良く維持された装備を使用しつつ、著しく旧式化した北朝鮮の装備に対峙している。北朝鮮の最も近代的な装甲車両は、1991年の湾岸戦でその時代を見せ(地形の変化を考慮に入れなければならないが)、最も豊富なものは、特に35年前も能力がなく、今日については言うまでもない。

 米韓軍により運用される攻撃の戦略及び戦術警戒のための偵察態勢変更過程は、WATCHCONシステムと呼ばれる。WATCHCONレベルに基づき、集中的に監視される「徴候・警戒リスト」上には、約180項目の異常な北朝鮮の軍事移動が存在する。監視条件階層は、WATCHCON 4(通常の平時の位置)、WATCHCON 3(脅威の重要な徴候)、WATCHCON 2(脅威の死活的徴候)、及びWATCHCON 1(戦時状況)の4段階で描写される。WATCHCONは、通常、米韓軍事情報当局の合意により引き上げられる。

 通常の防御状況において、韓国軍は、Watchcon 3監視状態とDefcon 4防衛準備状態を維持する。緊張が高まったとき、状態は更新され、戦時には、Watchcon 1とDefcon 1に引き上げられる。

 米韓は、北朝鮮空軍の訓練と爆撃機の配備に対応して、1982年2月19日から3月17日まで、WATCHCON 1を発令した。WATCHCON 3は、1994年春の北朝鮮の核問題と、1995年10〜11月の空軍の訓練及び航空機配備に引き続いて、各々発令された。1996年4月6日、北朝鮮が南との休戦 を「破棄」したと通告した翌日に、100人以上の北朝鮮兵が、板門店の合同警備地域(JSA)の北側区域に進入した。米韓両軍は、高度な警戒状態であるWatchcon 2に入った。韓国国防部も、米軍との協議なしに、そのWatchcon 3警戒態勢をWatchcon 2に引き上げた。Defcon 4で維持される防衛準備にいかなる変化もなかった。CFCは、4月の停戦違反後、数週間、Watchcon 3に戻った。南北間の海戦が起こった1999年6月、1950〜53年の朝鮮戦争 終結以来初めて、韓国軍は、Watchcon 2監視状態とDefcon 3防衛態勢に入った。JCSは、北西沿岸沖合いの5島周辺にDefcon 3に準じた戦闘準備命令を発令し、韓国の全漁船に係争地域から撤収するように命令した。同時に、JCSは、軍事危機のエスカレーションに備えて、防衛準備を向上させるために、全韓国軍に対してWatchcon 2監視命令を布告した。

 北朝鮮の攻撃経路は、強化され、良く準備された韓国の防御により重度に防衛されている。これら部隊は、非武装地帯に沿って密集して配置されている。戦力/空間比率は、10km当たり1個師団と計算されている。この戦力/空間比率、DMZにおける防御部隊周辺を機動する北朝鮮軍の無能力、及び防御側後方に浸透する非正規部隊の無効化の可能性を考慮すれば、北朝鮮軍は、迅速に突破できそうもない。

 韓国は、半島全体を横断する一連の防衛線を有するが、これらは、南部障害フェンスを除き、半島を完全に横断して繋がっていない。これらは、増援/逆襲部隊が集結し、浸透を破砕するために派遣される間、攻撃を持ちこたえ、最小の部隊で戦線を維持することを可能にすることを目的とする。

 韓国障害システム(KBS)は、大韓民国の防衛を支援するための戦術障害物から成る。これは、地雷原、蛇腹鉄条網、及び竜の歯を含む広範、縦深、かつ統合された一連の障害物である。韓国障害システムが 防御部隊に与える増加戦闘力は、現在利用できる戦力でソウル北部の攻撃を停止させるのに重要である。

 DMZの北側には、南の戦闘地域の前縁(FEBA)A、B、及びCに相当する防御築城が存在しない。FEBAは、DMZ南部で明確に観察される同心状の防御線だが、北側には存在しない。

 圧倒的多数の地雷原は、非戦闘員が進入できない全般外哨線(GOPL)と戦闘地域の前縁(FEBA)地域に存在する。GOPに沿って敷設された地雷原の維持は、開戦した場合、韓国陸軍部隊が最短時間で残りのFEBAの防御準備を完了することを可能にする。計画立案は、北朝鮮の攻撃の1〜3日の明確な警戒があるとの前提に基づいている。敷設されている既存の地雷原なしでは、24〜72時間でそれを敷設する方法はない。

 韓国障害システムを構成する地雷原の大部分は、大韓民国軍により敷設されているにも拘らず、いくつかは、朝鮮戦争にまで遡って存在している。希に、春の洪水は、DMZから周辺地域に地雷原のいくつかを流出し得る。時折、戦時中に敷設されたが、DMZ付近又は内部の未表示地域に流出した地雷により犠牲者が生まれている。韓国国防部は、1990年から2000年の間、地雷事故で民間人75人を含む155人が死亡したと報告している。2000年、DMZと韓国陸軍基地の地雷事故で、兵士1人が死亡し、12人が負傷した。韓国では、2人の子供を含む6人の民間人の犠牲者がいたが、既知の地雷原における事故はなかった。

 戦力/空間比率は、戦線1km当たりに指向できる戦力量の制限、いわゆる「T越え」問題が存在することを示唆している。一定の戦力/空間比率を越えれば、侵略軍は、梯隊化され、長射程阻止に脆弱となるだろう。その上、掩蔽陣地から長射程間接射撃兵器を使用する防衛者が、FEBA(戦闘地域の前縁)に全く配備されることなしに、前線プラス後続部隊をカバーし得る一方、 攻撃者の火力の一部しか、防衛者に対して使用できない。

 地勢のため、北朝鮮軍の全てが実際に行動するわけではない。南北朝鮮間のわずか238kmの国境は、その半分が山地で封鎖されている。DMZの地勢は、迅速な前進の助けとならず、防御部隊に更なる優位を与える。攻撃経路と橋梁及び道路の事前破壊計画は、攻撃部隊を韓国の指向された射撃陣地に誘導し得る。この防御の優位は、完全ではないが、多数の接近経路を開設する冬季突撃により、幾分無効にされるかも知れない。

 両者が地域に大量の砲列を集中させている中、防御部隊は、攻撃部隊に対して優勢を有する。強化された掩蔽壕は、防御部隊を防護する。韓国の攻撃部隊は、強化陣地の恩恵なしに、砲兵に暴露される。北朝鮮は、煙幕その他の視界悪化装置を使用し得る。これらは、著しい優位を提供できる優勢な米韓偵察機のレーダー・システムにより克服されそうである。

 同様に、北朝鮮は、視界を遮り、偵察機の有効性を減殺するのを助けるため、自然気象条件による貧弱な視界を利用することができる。これらの条件は、数日間以上持続しそうもない。 この場合における気象通過システムの使用は、予想が困難で、維持が不可能である。

 米韓軍は、北朝鮮に対して確固たる航空優勢を保持している。北朝鮮が韓国又は米国の適切なソーティーを妨害する奇跡的な気象条件を享受しない限り、南軍は、北朝鮮陣地に対して航空優勢を迅速に確立し、更に北朝鮮軍を連合軍の射撃に曝すことができそうである。米韓の空軍力に対抗するために、北朝鮮軍は、当初のミサイル爆撃で南の航空基地を破壊しようと試みるだろう。当該攻撃の潜在的影響は、限定的であろう。

 日韓は、相互防衛条約に加盟しておらず、韓国は、新たな日本の軍国主義について、今なお懸念を表明している。ある意味において、日本について穏健的に中立的な残りの者ですら、朝鮮自身に緊要な部分を否定している。日本との安全保障協力は、日本の支配への朝鮮の再従属と見られ得る。それにも拘らず、合衆国との三角同盟協定は、事実上の安全保障関係を創出している。これら非公式な防衛連携は、1969年11月のニクソン−佐藤会談 の終わりに発表された共同コミュニケで初めて公式表明された。「朝鮮条項」として知られるこれは、韓国の安全保障が日本に不可欠であることを言明した。朝鮮条項 の表明と一致しているのは、北朝鮮の第2の侵略の場合、日本が韓国防衛のために沖縄の基地への無条件アクセスを合衆国に許可することを明記した沖縄基地協定だった。日本は、1970年代に朝鮮条項を取り消した(1972年1月に佐藤、1973年8月に大平外務大臣は、朝鮮条項と沖縄基地協定 における言質から後退する声明を行った。)。

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最終更新日:2003/07/12